
友人が、谷川俊太郎の詩集『幸せについて』を贈ってくれました。その一冊を手にしたとき、私は「小さな幸せ」について、静かに思いを巡らせました。
「幸せはささやかでいい、ささやかがいい、不幸はいつだってささやかじゃすまないんだから」
そんな一節が、胸にすっと染み込んできました。
先日、私は90代女性の訪問診療を行いました。彼女は高度の難聴があり、高齢者施設で暮らしています。筆談で「耳が聞こえないのは、不便ではないですか?」と尋ねると、ゆっくりと、しかしはっきりと、こう答えてくださいました。
「いいえ。とても幸せです。皆さんが本当によくしてくださるのです」
その言葉に、私は心を打たれました。耳が聞こえなくても、日々のふれあいや思いやりに感謝し、笑顔を忘れない姿に、本当の「豊かさ」を見た気がしたのです。
ふと、ウルグアイの元大統領、ホセ・ムヒカの言葉がよみがえりました。
「多くのものを必要とする者こそ、貧しいのだ。なぜなら、その限界を知らないから」
私たちは、ともすれば「もっと、もっと」と求めてしまいます。でも、本当の幸せは、日々の暮らしの中の小さな場面に、そっと潜んでいるのかもしれません。
誰かの優しさに気づいたとき、空の青さに感動したとき、家族と一緒に食べる食事。そんなささやかな瞬間を大切にできる人でありたいと私は思います。